もう一つのバージニア
サウスウエスト・バージニアは、州の端ではない。バージニアの奥行きである。
バージニアを東から旅してきた人にとって、サウスウエスト・バージニアは、まるで別の州のように感じられるかもしれない。チンコティーグの湿地、バージニアビーチの海辺、ノーフォークの港、リッチモンドの州都、シャーロッツビルのワイン、シェナンドーの尾根。そこからさらに南西へ進むと、景色はアパラチアの色を帯び始める。山は近くなり、町は小さくなり、音楽と劇場と手仕事とアウトドアが、生活の中に入ってくる。
この地域を「遠い」とだけ言うのは簡単である。だが、遠さには意味がある。サウスウエスト・バージニアは、州の観光地図の余白ではない。ここには、バージニアの別の記憶がある。アビンドンには州劇場として知られるバートン劇場があり、十九世紀の旅館だったマーサ・ワシントン・インが町の中心に立つ。ブリストルには、カントリー音楽発祥地博物館があり、バージニアとテネシーの州境に音楽の記憶が刻まれている。ダマスカスには、バージニア・クリーパー・トレイルの拠点として、自転車と山の空気がある。
さらに南へ向かえば、グレイソン・ハイランズ州立公園がある。標高の高い草地、岩、風、野生のポニー、マウント・ロジャース方面の山歩き。東部の海辺とはまったく違うバージニアがそこにある。西へ進めば、ブレイクス・インターステート・パークがある。州境の峡谷、大きな谷、ハイキング、ロッジ、季節の色。公式情報では、ブレイクスは住所をコミッション・サークル六二七番地、電話を二七六・八六五・四四一三と案内している。
日本から来る旅人には、この地域を急いで消費する旅にしないことをすすめたい。ロアノークから西へ一気に走って、名所を撮って戻るのではなく、アビンドンに泊まり、劇場へ行き、翌日バージニア・クリーパー・トレイルを走る。さらに時間があれば、ブリストルで音楽を聴き、グレイソン・ハイランズで風を受け、ブレイクスで峡谷を見る。ここでは、バージニアが「建国の州」や「海辺の州」から、アパラチアの山の州へ変わる。
その変化こそ、サウスウエスト・バージニアの価値である。ここには、派手な大都市はない。けれど、劇場があり、音楽があり、山道があり、峡谷があり、宿があり、食卓がある。旅人が少し速度を落とせば、この地域は、バージニアのもっとも人間的な表情を見せてくれる。
アビンドンは、サウスウエスト・バージニアの旅の拠点として非常に使いやすい。町は大きすぎず、歴史ある中心部に劇場、宿、レストラン、観光案内がまとまっている。バートン劇場は、この町を単なる山麓の宿泊地から、文化の目的地へ変えている。劇場の夜を一つ入れるだけで、旅の質が大きく変わる。
バートン劇場の公式情報では、ギリアム・ステージは一二七 ウェスト・メイン・ストリート、スミス劇場は一一〇 ウェスト・メイン・ストリートにある。公演日、上演作品、チケット、開演時間、駐車、食事のタイミングを事前に確認したい。劇場を中心に旅を組むなら、夕食の予約も合わせて考えるとよい。
ザ・マーサ・ワシントン・インは、アビンドンの象徴的な宿である。歴史ある建物、スパ、食事、劇場への近さ。山旅の途中で一泊するには、非常に魅力がある。自転車、ハイキング、長距離ドライブの後に、こうした宿へ戻ると、旅は急に落ち着く。南西部の旅では、自然だけでなく、宿の時間も大切にしたい。
アビンドンを拠点にすれば、バージニア・クリーパー・トレイルへも動きやすい。アビンドン・トレイルヘッドはグリーン・スプリング・ロード三〇〇番地と案内され、ダマスカスへ続く鉄道跡の道が旅を山へ連れていく。劇場の町とサイクリングの道が近いことが、アビンドンの旅を面白くしている。
ブリストルへ行くと、サウスウエスト・バージニアの旅に音楽が入る。カントリー音楽発祥地博物館は、ブリストル・セッションズと呼ばれる音楽史の重要な記憶を伝える場所である。山の文化、録音技術、家族の歌、宗教、仕事、地域の言葉が、アメリカ音楽として形になっていく。博物館を見た後、街を歩くと、音楽が単なる展示ではなく、町の空気として感じられる。
ブリストルは、州境の町であることも面白い。ステート・ストリートを歩けば、バージニアとテネシーの境目を日常の通りとして感じられる。日本から来る旅人には、この「境界の町」の感覚が新鮮だろう。行政上は二つの州に分かれていても、文化としては一つの町のように息づいている。
アビンドンからブリストルまでは近く、劇場の町と音楽の町を同じ旅に入れやすい。昼にアビンドンを歩き、午後にブリストルの博物館へ。夜にライブや食事を入れる。あるいは、アビンドンに泊まって、ブリストルを日帰りにする。日程が短い場合でも、音楽の要素を加えることで、南西部の旅はずっと豊かになる。
高原と峡谷
グレイソン・ハイランズとブレイクスで、南西部の自然は一段深くなる。
グレイソン・ハイランズ州立公園は、サウスウエスト・バージニアの自然を象徴する場所の一つである。公式情報では、所在地はグレイソン・ハイランド・レーン八二九番地、マウス・オブ・ウィルソン、電話は二七六・五七九・七〇九二と案内されている。高地の草原、岩、風、マウント・ロジャース方面へのアクセス、そして野生のポニーで知られる。ここでは、バージニアの山が、東部の森とは違う高原の顔を見せる。
ブレイクス・インターステート・パークは、さらに西の大きな自然である。公園公式情報では、住所はコミッション・サークル六二七番地、ブレイクス、電話は二七六・八六五・四四一三と案内されている。州境の峡谷、展望地、ロッジ、キャンプ、ハイキングがあり、「東のグランドキャニオン」と呼ばれることもある。峡谷の規模感は、南西部の旅に大きな変化を加える。
どちらも、軽い寄り道として扱わないほうがよい。グレイソン・ハイランズは天候が変わりやすく、標高もある。ポニーに近づきすぎてはいけない。ブレイクスは広く、道のりも長く、滞在する価値がある。アビンドンから日帰りで組むこともできるが、移動時間と体力を考え、無理のない計画にしたい。
南西部の自然は、ただ景色が美しいだけではない。山の文化、動物、地形、川、谷、季節、遠さがある。観光名所をつまみ食いするのではなく、どの地域を主役にするかを決めるとよい。アビンドンとダマスカスを中心にする旅。グレイソン・ハイランズを中心にする旅。ブレイクスまで伸ばす旅。それぞれの旅に、違う南西部がある。
訪問前の確認
南西部の旅は、距離、天候、公演、シャトルを確認してから組む。
サウスウエスト・バージニアは、目的地同士が離れている。アビンドン、ブリストル、ダマスカス、グレイソン・ハイランズ、ブレイクスを一日で詰め込む旅は避けたい。山道、天候、日没、食事、宿泊を考えることが大切である。
バートン劇場を目的にするなら、公演日、開演時間、チケット、食事予約を先に決める。ブリストルの博物館やライブイベントも、開館日とイベント予定を確認したい。音楽や劇場は、当日思いつきではなく、旅の軸として予約するほうがよい。
バージニア・クリーパー・トレイルを走るなら、自転車レンタル、シャトル、集合場所、天候、服装、帰りの時間を確認する。特にホワイトトップ方面から下る人気コースは、シャトル手配が旅の快適さを左右する。
グレイソン・ハイランズやブレイクスでは、天候と装備が重要である。高地では風と気温が変わりやすい。ポニーや野生動物には近づかない。峡谷では足元と日没に注意する。南西部の自然は美しいが、都市公園ではない。敬意と準備を持って入ることが、この地域を深く楽しむ条件である。